マスメディアは報道管制下に—今こそメディアリテラシーを

 いやー、忙しかった。くだらない日常のあれこれに追われているうちに、外界ではめったやたらといろんなことが起きて。すなわち−
 
 韓国の挑発的な軍事演習に朝鮮が勇み足で反撃する事件(私は、正確にはこういう事件だったと考えている)が起き、頼まれもしないのにオバマ米国政府は現地に空母まで派遣、懲罰的な米韓軍事演習を開始する中、沖縄知事選が実施され、仲井真氏が伊波氏にけっこうな差をつけて当選してしまった。やれやれと落ち込む間もなく、今度はウィキリークスによる米国公電のネット暴露という超弩級のニュースが・・・
 
 この間、私はハテブにはまり、右翼的・排外的なコメントを批判し、逆に見知らぬ人からお返しに「北朝鮮のシンパ」みたいなことも書かれるという、本人は至って真剣だが、見ようによってはクダらない日々を送っていた。
 ハテブのコメント欄は100字以内で、あまりこみ入ったことは書けないため、どうしても言葉が乱暴になる。長々と意を尽くした反論も、初発の反応は単なる怒りや侮蔑であったりするわけで、要約するほどに「引っ込んでろ、このバカ」的表現に近づいていってしまうのだ。
 さて、ウヨさん、ハイガイさんたちのコメントは不快ではあるが、だいたい予想の範囲内なので、ハッとするようなものはない。私が今さらながら驚いたのはマスメディアの報道の仕方だ。
 ちょっとさかのぼって、尖閣諸島における中国漁船拿捕事件(世間では「中国漁船衝突事件」と呼ぶようだが)について考えてみる。
 この事件は、多数の日本人にとってどういう出来事として記憶されただろうか。おそらく−
 「尖閣近海の日本領海内に侵入し、密漁していた中国漁船に対し、海上保安庁の巡視船が領海から退去するよう何度も警告したが、逆に挑発したり威嚇したりし、最後には体当たりまでしてきたので逮捕した。(一部には、中国共産党なり軍なりが後ろで糸を引いており、船長も軍属だった、との報道もあり、それを信じた人もいるようだ。)だが、中国側のレアアース禁輸やフジタ社員逮捕といった強硬姿勢に屈し、船長を釈放してしまった。菅政権のバカヤロー−。」
 こんな感じなんじゃないだろうか。
「集団の記憶」はある意味恐ろしい。放っておくと、それが「正史」になってしまうから。
 だが、いま冷静になって振り返ってみて、あの事件のあと中国が尖閣について領土獲得の野望をもって追加的な策動を行っているかというと、特に何もしていないように見える。あの船長が釈放されたらフジタの社員もすんなり解放し、外交的には関係修復に動いている。大多数の日本人の「記憶」とは、ずいぶん矛盾した行動ではないだろうか。
 もちろん中国国家に領土拡張の意志がないか、というとそんなことはないだろう。だが、産経新聞などが好んで描くような、一方的な膨張主義や侵略の意図をむき出しにして迫る姿勢とは明らかに異なる。むしろ急激な経済成長による内から外へ向けての「膨張の圧力」を、中国政府が何とか制御しているように私には写る。だいたい年率8%とか10%とかの経済成長を維持しなければ、恒常的なインフレ下にあって低賃金にとどまっている膨大な(何億もの)人々の不満をなだめられず、恐れおののかなければならないのが今の中国政府なのだ。中国に投資してくれる金持ちの国々とあえて事を荒立てたがっていると考える方がおかしいと思う。
 こう考えると、「集団の記憶」の方がどこか間違っているのではないかと考えざるを得ない。
 ここからは、もうすでに書いたことなので手短にするが、尖閣に関しては、日中が互いに領土権を主張して譲らない(実効支配は日本側)ため、日中友好条約の締結にあたって領土問題をいったん棚上げすることにした。このため日中の漁業協定にも、この海域での取り締まり権に関する規定が入っていない(http://www.tanakanews.com/100917senkaku.htmを参照)。つまり、取り締まりに当たっては細心の慎重さが要される海域だということだ。あの小泉政権時代には、台湾人か中国人が海上でごたごたやるどころか尖閣にいきなり上陸してしまったことがあったが、友好条約における暗黙の了解事項にのっとり、逮捕せずに強制退去しているのだ。
 こう考えると、長年の外交上の「慣習」を破ったのは実は日本側で、焦った中国側はなりふり構わず「船長釈放」に向けて強硬姿勢を取ったと見たほうが筋道は通る。次のような海上保安庁の失態の記事(http://www.y-mainichi.co.jp/news/11288/)を読むと、ますますその思いは強まる。
 ではあのとき、「船長逮捕」を命じた人物ーつまり尖閣騒動のそもそもの発端の責任者が誰なのかというと、当時の国土交通相前原誠司氏である。この辺りのことは、ジャーナリストの高野孟氏が「尖閣諸島問題は"棚上げ"が正しい!── 前原外相の強硬一本槍が禍の元」(http://news.livedoor.com/article/detail/5141204/)で詳述している。
「・・・そもそもから言えば、事件発生当時、海上保安庁を所管する国土交通大臣前原誠司であったことが、不幸の始まりである。前原は、最初から強硬論で、「領土問題は(存在し)ないのだから毅然とやる」と中国人船長の逮捕を主張し、また岡田克也外相(当時)も「我が国の領海内なので、法執行しない訳にはいかない」という硬直的な態度を採った。それに対して仙谷由人官房長官は「逮捕しない方がいいんじゃないか」との意見で、そのため政府部内でモメたが、結局、前原と岡田が押し切った形になり、事故から約12時間後に海保が那覇地裁に逮捕状を請求した」。
 それでも「いや、そうは言ってもあそこは日本の領土・領海だ」との主とする向きには、井上清の「釣魚諸島の史的解明」(http://www.mahoroba.ne.jp/~tatsumi/dinoue0.html)を読んでほしい。そういう認識がいかに自国の都合を最優先させたものであるかが分かるから。
 まあ、このように書いても「左翼の書き手の文章ばかりを根拠にしているので承伏できない」と言われてしまうのだろう。が、このような反論、反証が存在するのはまぎれもない事実だ。せめて「分からないことは分からない」として、断定を留保する懐疑の念を心の隅に置けないものか。何よりも、この事件について懐疑の姿勢を保って報じた全国紙がなかった(私の知る限り)のは残念というより、恐ろしいことだと思う。毎日や朝日が産経、読売と大差ない報道となってしまったことには「時の流れ」を感じざるを得ない。
 さて、9月7日の「尖閣諸島における中国漁船拿捕事件」、11月23日の「韓国軍事演習挑発事件」(いま思いつきで命名した)と続き、アメリカから空母が派遣され、米韓合同演習の砲撃の火ぶたが切って落とされた11月28日に行われた沖縄知事選—という、この一連の経過は一体何だろう。なぜ、沖縄知事選の寸前に日米同盟の主要仮想敵国である中国、朝鮮がらみで続けざまに事件が起きるのか。
 「ヒラリーが前原と李明博に電話して根回しをしたに違いない」などと単純なことを言いたいわけではない。そうではなくて、日米、韓日同盟を担う当事者として、彼らは意識的に危機を演出したのではないか。尖閣海域で中国と問題を起こし、危機が盛り上がれば沖縄の米軍基地の有用性を説くことができ、反基地派である伊波氏の勢いを削ぐことができる。ヒラリーの覚えもめでたくなる。私が前原ならそう計算する。(元外務相国際情報局長、元防衛大学校教授の孫崎享氏は最近、ツィッターで前原次期首相の見方を伝えていた)。
 一方、韓国でも李大統領は与党ハンナラ党内の反対派との軋轢や、ソウル市長や与党の朴派、労組などをスパイした不法査察事件が火を噴く寸前となっており(ブログ「朝鮮問題を深掘りすると」より)、国外に注意を逸らしたい動機は十分あった。何より元来、韓国軍の戦時統帥権を握っているのは駐韓米軍司令官なのだから、半島の緊張を高めたければ、米国は造作なくそれを実行することができるのである。(ついでながら、米国は今回、空母派遣で韓国に恩を売り、困難視された対韓FTA交渉で圧倒的成果を得たそうだ。(ブログ「朝鮮問題を深掘りすると」より)しかしホントにやることがエグい国だ)。
 そして軍事的緊張が周囲で極度に高まったままの沖縄知事選—反基地派に勝ち目などないのは当然のことだろう。
 底の浅い陰謀論だって?いやいや、ひと頃はやって、すぐ廃(すた)れた「メディアリテラシー」です。こういう時こそ、それを働かせるべきじゃないか。