あるフリーライターの尖閣予測への疑問

 一昨日、中国共産党の第18回党大会が開かれた。これに関係することなので、あまり日を置かないよう、書いておくことにする。
 尖閣問題がクローズアップされて間もなく、ふるまいよしこ氏という、おもに中国関係のことを書くライターのツイッターアカウントをフォローした。次のような真っ当と思われるツイートを読んだからだ。
@furumai_yoshiko: 今回の騒ぎで、「これまでは棚上げ論だったけど、もうそれは崩れた」論が出ているけど、どうして、「日本が国有化」という事実が「中国が棚上げ論の延長として同意するはず」と思い込んでる人がこれほど多いんだろうか。
@furumai_yoshiko: 承前)「国有化=棚上げの延長」は日本の論理であって、それを中国に納得させることができていないから今の事態が起こってるのに。それに気づかず、「中国側が棚上げ論を蹴った」という言いかたはおかしいっすよ。「自分は仕方なかった、だから相手も同じ立場に立って自分に同調してくれ」はありえない。
 しばらくして今度は、ふるまい氏からニューズウィーク日本版で連載しているコラム記事の紹介があったのでそれも読んだ。
日中領土外交のデッドライン | ふるまい よしこ | コラム | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

 この11月8日という遅めのスケジュールはいったい何を意味するのか、ちょっと気になっている。というのも、今の、いつ終わるとも知れない、尖閣諸島の国有化を巡る激しい日本バッシング(すでに反日では物足りない)を、中国は新たな指導部がその最初の1ページを開く時までには収束させたい、つまり新指導部には様々な意味で新たな一歩を踏み出させるのではないか、とわたしは考えているからだ。

 中国政府が、党大会の日までに日本バッシングを収束させようとしているのではないかという予測記事だった。だが、その根拠としては、党大会の開催が大幅に遅れていることのほか、中国政府が国民感情を顧慮せず「対決」から「友好ムード」にとつぜん舵を切ってきた過去の例、日本文化や日本製品を介した日中民間の関係の深まりーなど、核心的な根拠が書かれておらず、あまり説得力を感じなかったので「論の運びが主観的。大胆すぎる仮説じゃないだろうか。」とツイートした。
 すると、ふるまい氏から、別の記事燃え広がった反日デモと「愛国」の正体 | ふるまい よしこ | コラム | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイトは予想が当たったのだ、という返事が来た。
 で、これも読んだ。一読して引っかかったのは、「反日デモ」を「官製デモ」と規定していたことだった。そこで、以前読んだ時事通信記者が書いた記事を送った。

 それは複数の中国政府当局者が口にした「もはや反日も、愛国もコントロールできない」という現実である。明らかに2005年や10年の時と違う政府当局の「開き直り」を感じざるを得なかった。 「尖閣対立」本格化から1カ月 日中関係はどう変わったのか 「冷静」から「緊張」局面へ WEDGE Infinity(ウェッジ)

 だが、ふるまい氏はこの記事をすでに読んでいて、評価していないのだという。
 私はもう一つ、あのデモに「本当に貧しい人たちの姿はそこにはない」と書かれていたことにも疑問を感じていた。一般紙に、
西安反日デモで暴徒となって日本車に乗った中国人を襲ったのは日雇い仕事をする最下層の男性」
山東省青島で日系スーパーを襲ったり、広東省シンセンで日本車を壊したりした若者も、サイ容疑者と同様に貧しい農村から出稼ぎに来た労働者が大半だったことが分かっている」
とあったからだ。
 これに対し、ふるまい氏は、本当に貧しい人々はデモに加えてもらえないとした上で、「この国は非常に複雑です。そのうちの1つ2つをあなたが想像できる範囲で形にはめ込んでも「事実」とは違うのですから」と応答してきた。
 まあ、こう言われてしまっては、川崎在住の私としては応えようがない。ふるまい氏が「官製デモ」と断言していることは尊重したい、と応じて終わりにした。
 しかし、特に後者のコラムはもう一読しても疑問が消えない。先ほどのデモ構成員の分析もそうだ。

 1つは日頃から政府や国の威光を借りて好き勝手をしてきた人たち。つまり、政府系の機関や国や権力をバックに儲けてきた企業関係者だ。・・・もう1つのタイプは、国の発展に自分の発展を重ね合わせ、そこに自分の夢を描いている人たち。まだ若く、地方から都会へ出てきて「新しい何か」が自分を待っているはずと期待している人たちだ。

 とするならば、さっきのサイさんのような層の人々は分析から漏れているということにならないか。新聞によると、こうした人々が暴徒化した、とあり、今回の反日デモ分析には不可欠な人々と思える。分析から漏れたということは、デモに参加したすべての層を把握しきれていないということになる。すると、これを「官製デモ」と断定することには無理が出てくるはずだ。
 たしかに国営メディアは人々を煽りに煽っただろうから、官製デモ的な側面はあるとは思う。だが、「官製デモ」と「官製デモ的なデモ」は、コントロールが可能か否かにおいて別のものだろう。この点については、先ほど紹介した時事通信記者の記事の方が、私は首肯しうる。
 このことは、ふるまい氏の反日デモ全体の原因分析にも関係してくる。

 デモの規模が拡大、行動が激化し、そして街頭だけではなく税関でも日本からの輸入品に念入りな検査が行われるようになり、経済監督機関の工商局が日系企業に「検査」と称して踏み込んで徴税。さらに漁業管理当局が1000隻もの漁船を威嚇のために出港させるに至り、これほどの国家権力を動かせるのは貧しい人たちの不満でも、指導部の一部の反乱でも、もちろん失脚した人間の悪あがきでもないことが明らかになった。
それをできるのは唯一人、国家主席である胡錦濤だ。つまりこの一連の騒ぎは、胡錦濤の命令で引き起こされたとみられる。だが退陣間近の国家主席がなぜ、10年間の自分の在位中に急速に発展し、築き上げた「繁栄する中国」を破壊し、その様子を日本だけではなく世界にさらしたのか。
その答えは「メンツ」だ。

「愛国」にすり替えられたこの「メンツ」こそ官製デモを引っ張り、統率するポイントだった。

 なるほど、こう読むとたしかに、「党大会の日までに日本バッシングを収束させようとしている」という予測に一本につながることが分かる。「野田にメンツをつぶされた胡錦涛」→「各方面に手を回して強烈な官製デモ」→「人々はまだ怒りが収まっていないにもかかわらず、そうしたことは顧慮せず節目の党大会で局面切り替えに動く中国政府」―
 だが、(釈迦に説法だろうが、)中国政府が「集団指導体制」だということを考えれば、このような単純化は、「予想」を誤らせる原因になってしまうのではないか。胡氏が独裁的権力を確立しているのならともかく、そうではないのだから、「党大会で日本バッシングを切り替え」と、簡単にはいかないだろう。むしろ、次のような分析の方が、私はしっくり来る。

 9月11日、APECで両国外相会議の後に、野田総理は、胡錦濤主席と非公式に言葉を交わし、中国側は胡錦濤も楊潔 外相も国有化だけはやめるよう要求しますが、玄葉外相も野田総理もその意味がわからなかったようです。胡錦濤温家宝は、沈黙を守って解決策を探っていたのですが、その「落とし所」とは、訒小平 の「尖閣棚上げ論」でした。つまり、①両国が互いに「自国固有の領土」と言いっぱなしにし、相手の主張は否定しない、②日本が「実効支配」していても、声高には言わない、そうすれば訒小平の「棚上げ論」の時の条件と同じで中国内のタカ派を説得出来る、と考えていました。
ただし「棚上げ論」をすぐに出すと、タカ派から「妥協的・譲歩的」と批判されるため、時間が必要だったのです。
 「国有化」は訒小平の「棚上げ論」の時にはなかった条件だったので引っ込めるよう求めたのです。しかしこの会談の2日後に、野田政権は「尖閣国有化」を閣議決定します。こうなると、胡錦濤タカ派を説得できないし、習近平タカ派に接近しない限り次期指導者への道が危ういものとなります。両者は一気にタカ派路線寄りになりました。
http://www.jimmin.com/htmldoc/146101.htm

 加々美光行氏(愛知大学現代中国学部教授)の分析にしたがえば、タカ派を納得させなければならないため、トップが習近平氏に交代したとしても、そう簡単に「日本バッシング中止」には動けないだろうという予想が立つ。長く香港・北京に在住するふるまい氏の予測は尊重したいが、日本にいてふつうに新聞やネットで中国関係の情報に接している限り、今回はこういう劇的ではない、いかにもな推測に落ち着かざるを得ないように思われる。
 最後に、この文章を書こうと思い立った動機になった箇所を引用する。

 中国国内における毛沢東は「日本軍に勝利した指導者」である。実際に当時日本軍と戦ったのはのちに台湾に敗走した中華民国軍だが、中国国内では共産党が勝利したことにされている。

 は?
 では、なぜ張学良は兵を率いて蒋介石を監禁し要求を突きつけたのか(西安事変)。共産勢力との内戦をやめようとしなかった蒋介石・国民党軍を、抗日戦線に統一しなければならなかったからではなかった(第二次国共合作)のか?
 私は中国近現代史の知識は岩波新書しか読んでないのでアレなのだが、これはどういう意味なのだろう。