金融危機の後始末ーモラルハザードは織り込み済み?
資本主義と共産主義と、どちらが優れた体制かという問いはもう終わったことになっている。ただ経済危機が訪れると、資本主義批判や否定の本がタケノコのように簇生してくる。最近は言うまでもなく2008年秋のリーマンショックの時。中谷巌などは「資本主義はなぜ自壊したのか」などという大仰な題名の本を著した。
岩田規久男や原田泰は当時、それぞれ「金融危機の経済学」「世界経済同時危機」を書き、どちらもさすがに現在進行中の金融規制や諸改革を先取りした内容だった。だが、資本主義経済の破綻や失敗を扱っているだけに、お粗末な現状も明らかになっている。
岩田「金融危機の経済学」によると、ベア・スターンズ(救済)にせよ、リーマンブラザーズ(破綻)にせよ、AIG(救済)せよ、商業銀行ではないためFRBは直接的には融資できない仕組みになっていたのだという。そこで「銀行中心の金融安定化・危機対策には限界がある」として
「改革の基本的な方針は、前節で指摘した、個別の金融業態あるいは個別金融機関ごとの規制と監視から、体系的規制監視への転換です。同議長(バーナンキFRB議長)は体系的規制・監視を『マクロプルーデンシャル』な規制・監視と呼んでいます」(192ページ)。
ここで素朴な疑問が湧かないだろうか。なぜ、商業銀行ではない銀行、すなわち投資銀行は政府の監視の埒外にあったのだろうか。最初からバブル破裂を警戒するならば、バブルに向けて最も暴走するであろう投資銀行を、最初から商業銀行同様に規制したはずである。なぜ長きにわたり放置されたのか。
あるいは原田「世界経済同時危機」は、サブプライム・ローンの焦げ付きの原因について
「アメリカの銀行は、ストラクチャード・インベストメント・ビークル(SIV)やコンディュイットと呼ばれる資産運用会社をつくって、そこでサブプライム・ローン関連証券を保有していた。ところが、SIV やコンディュイット保有の資産は銀行の帳簿から切り離すことができた」
と指摘して、こう続ける。
「なぜ切り離すことができたのか理解できないことである」(33ページ)
「SIV から得た利益は銀行の利益で、その利益をもたらした原因であるリスクを負担している資産は銀行の資産勘定から除外できるなどありえないことだった。ありえないことを、規制当局が認めたことが誤りだった」(34ページ)
「ありえないこと」で済ませていい問題だろうか。
「素人考え」かもしれないが、上記はどちらも初歩的なミスである。錚々たる経済の専門家たちで運営されているはずの米国金融行政でなぜこのような馬鹿げたことが起きるのかー。
実は最初から意図的にそういう大ざっぱな組み立てにしているのではないか、「自由主義経済」の名の下に。いや、意図的というのが言い過ぎだとしたら、刑事事件で使われる「未必の故意」ーバブルを引き起こし、いつか破綻を招く原因になる可能性があるのかもしれないが、そうしたことがあっても放置し、やり過ごすーがあったのではないだろうか、バブルによってそのときの経済を浮揚させ維持を果たすために。
その傍証になるか分からないが、竹森俊平の「資本主義は嫌いですか それでもマネーは世界を動かす」で、投資過剰の状況下で経済成長率が投資収益率を上回るという「動学的効率性」が実現していない環境下では、人為的にバブルを起こし、そこに投資をさせることよって「真正な投資が減って、やがて『投資収益率』は『動学的効率性の条件』を回復するまで上昇する」とある。
バブルが及ぼす影響が悪いことばかりではないとの一定の(大多数ではないようだが)共通認識が存在しているとすれば、金融システムの構築者らがそこへの「配慮」を働かせても何の不思議もない。
さて、とはいうものの、かのスラヴォイ・ジジェクにしてみれば、それはたたきつぶすべき理不尽な事態に違いない。
「なぜこの危機を招いた責任のあるウォール街の金持ちを助け、住宅ローンをかかえた目抜き通りの普通の人たちに犠牲を払うよう、求めねばならないのか?」(「ポストモダンの共産主義」27ページ)
「これに対し、関連のリスクを見抜いており、状況に干渉できる権限も有していた者たち(つまり経営幹部)は、破綻前に株式やオプションを換金することで、自分のリスクを最小限に抑えていた。現代社会にリスキーな選択がつきものであるのは確かだが、じつは選択するのは一部の人間だけで、その他おおぜいはリスクを冒すだけの社会なのだ」(同28ページ)
で、こうも言う。
「だが、もし『モラルはハザード』が資本主義の本質そのものであったとしたらどうだ?」
普通の生活者にとって、そのような疑念さえ抱きかねない苦しい時代が続いている。
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