本山美彦と「1997年—世界を変えた金融危機」の竹森俊平

 本山美彦の一連の書物は、ガンジーの言う「弱者の立場に立つ」あるいは「強者がつくる歴史に耐えて現場の歴史を書く」という立場から、正確かどうか不明なウェブからも広く引用がなされている。そこに描き出されるのは戦争や金融の世界における米国のまがまがしく攻撃的な姿だ。だが、戦争において侵略者的立場をとるからといって金融の世界でも同じ姿勢一色で臨んでいるとみるのは単純すぎるのではないだろうか。彼は同僚が勤めていた日本長期信用銀行の倒産を悔やみ、経済ナショナリズムを唱えるが、日本の経済が—すなわち日本の経営者が—一方的に被害者なのだろうか。
 竹森に言わせれば、97〜98年のアジア通貨危機も日本の金融危機も陰謀などではない。そのことを政策を立て世論に押されながら迷走する日本や米国首脳の姿を通じて描いている。
 そして次のように結論づける。
 
「この出来事を見ても、日本の場合、一番恐るべき「不確実性」は、凶暴な国際資本の力ではなく内なるものである。97年、98年のマイナス成長をもたらした原因も、「失われた10年」をもたらした原因も、さらには国民の年金に対する信頼を地に落とす記録漏れが招かれた原因も、外ではなく内にある。外部からの統制、監督が不十分で、自己の論理だけで生き残る組織の闇を解消することがなくては経済の安定はない。」

 さらに、住専の損失に引き当てがなされれず、97年の山一証券も同様だったことについて、当時の橋本龍太郎首相さえ事情を知らされなかったことに関して

「大型倒産が連続した97年にはそうした前史がある。5年にもわたり、政府の管理・監督も及ばず、マスコミの目も届かぬ暗い場所で、組織の内部にだけ通用する論理にしたがって、金融機関と官僚組織は不良債権の問題を不透明に処理、もしくは隠蔽してきた。このことを考えと、何か空恐ろしいものを感じる。我が国の場合、97年、98年における経済の転覆につながる「不確実性」をもたらしたものは、外国のヘッジファンドでもなければ、為替投機家でもない。それは内なるもの、日本的な組織の闇である。」
 
 さて、本山美彦は「格付け洗脳とアメリカ支配の終わり」で97年のアジア金融危機については「ムーディーズがその年の4月に、ドル建てタイ国際(ソブリン)の格付けを、A2からA3に引き下げたことで発生した」とし、その後のヘッジファンド空売り攻撃を主な要因として描いた。山一証券についてはこう書く。
ムーディーズによる格付けの引き下げで、一瞬のうちに弾き飛ばされた被害者に、あの山一証券がある。(1997年11月まではBaa3という格付けだったが、)同月21日の午後五時、ムーディーズはこの格付けをBa3へ引き下げた。山一証券は、翌日から短期資金の調達ができなくなり、わずか3日後に廃業へと追い込まれた」
 
 なるほどムーディーズのような格付け機関が企業の生殺与奪の権限を持つことができるのか、そうした権限に恣意性が入り込む余地はないのかという問題はある。サブプライムローン問題が破裂してしまってからは利益相反の指摘もなされている。
しかし竹森の著書を読むと、本山のそれは実証性を欠いていると感じられてならない。竹森によれば山一は

『引き当て』という基本の軽視が経営破綻につながった・・・損失の発生に伴い損失額を丹念に評価して、こまめに『引き当て』をすればよかったのである。・・・商売の健全な常識を忘れた金融機関の末路である」
としている。
 アジア通貨危機に対する米国、IMFの対応に関する記述も示唆的だ。

「当初、ルービン財務長官は「(タイ経済が10年にわたり9パーセントの経済成長を遂げていたので(今回の場合、)そのリスク高いとは考えなかった。それは、アジア経済は強力で、投資するのに 魅力的な地域だと地域だというイメージがあったからである」

 こうした認識や、「流動性の危機」を「返済能力の危機」と誤信して緊縮財政を引き、連鎖的な危機が生じるのを助長したことや、アジア諸国構造改革を求めたのはルービンがゴールドマン・サックス出身投資家のため投資家の心理を重視し、構造改革にふみこまない限りマーケットの信頼は戻らないという結論に至ったとの推測、そして次のような記述—

「空前の規模の支援プログラムであったにもかかわらず韓国ウォンの下落は止まらなかった。さすがの強気のアメリ財務省も落胆する。・・・「・・・もし、韓国の政府もしくは銀行が、期日どおりに債務が支払えなかったならば、『危機の連鎖』がアジア、東欧、ラテン・アメリカの新興諸国に広まるだろう。・・・『1930年代シナリオ』という言葉でわれわれの心理を表現した者もいた」。後がない状態に追い詰められて、IMFがとった行動が12月24日の債権者会議である。クリスマス・イブの日に銀行家を集めた緊急会議を開催したという事実に、まさに切迫感が現れている」

—を読めば、IMFを「尖兵」とした「米国金融資本家の陰謀、アジア金融システムへの侵略」といった側面からだけ見ていては本質を見誤ることを同書は教えてくれる。

1997年――世界を変えた金融危機 (朝日新書 74)

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